後藤を持ちながら

後藤を持ちながら

吹奏楽から仮面ライダーまで

つぶやくことがない

こんにちは、トサカです。

社会人一年目。死ぬような思いすることもなく、しかし楽することもなく日々を過ごしています。

 

勤務中は控えていますが、ちょっと空いた時間にツイッターをよく見ています。

思考の断片がそこかしこでびゅんびゅん飛んでいるのを見ていると、今日も自分と関係ないところで世界が動いていることが分かって安心します。

ただ、社会人になった先輩や同期たちを見ていると、明らかにつぶやく頻度が減っていて寂しく思います。

 

なんでつぶやく機会が減ってしまうのか。いくつか理由を考えてみました。

 

つぶやく体力がない

まず、体力がないというパターンがあるのではないかと思います。休み時間や帰った後、もう携帯を見る体力すら残っていない、という時があります。

人が笑っていたり怒っていたり、楽しんでいたりするのって見るだけでもだいぶ体力使っちゃうんですよね。自発的に「つぶやく」なんてもってのほか。それをするよりも明日を生き残るためにさっさと寝てしまう方を選択してしまうようになってしまいます。悲しみ。

 

つぶやく時間がない

これまで多くの時間をツイッターに費やしてきた人にとって、社会人になって「時間が減った」ことは死活問題だと思います。仕事に大幅に時間をとられ、携帯やパソコンに触れる機会がぐっと減ってしまいます。

ひっきりなしにやってきた人にとって、仕事はツイッターライフの大敵。つぶやき量がガクッと落ちてしまうのを見ていると諸行無常を感じます。

 

つぶやくネタがない

会社に入ることで、日々の大半が「仕事」に費やすことなります。でも、仕事って守秘義務が多いですよね。

代表取締役、会社を代表してつぶやいているんならともかく、平の社員が普段の仕事の細かな内容なんてつぶやけません。「おっしゃ〇〇社との商談勝ち取ったぞ!」なんてつぶやいた日には首が飛ぶことも覚悟しなければなりません。

だから、何もつぶやかないというのは正しい戦略なのだとおもいます。

 

アカウントを消していく先輩方を見ていると「ちぇっ、オトナになっちゃって」なんて生意気なことを思っていたものですが、いざ自分が同じ立場になってみるとちゃんとした理由があるんですよね。

辞めたくなる、つぶやく頻度がガクッと落ちる人の言い分も最近はわかるようになりました。

 

かくいう僕は、もっぱら自身の「何かを楽しむ力」を維持するためにツイッターを続けている気がします。

面白いことがあったらいつでも「文字のシャッター」を切る。そういう意識を持ち続けていると、意外と面白いものに囲まれながら生活していることに気づけます。

それを「上手く切り取れるか」はまた別なんですけどね…。

 

ではでは