後藤を持ちながら

後藤を持ちながら

吹奏楽から仮面ライダーまで

歌声という楽器

こんにちは、トサカです。

三か月ぶりくらいに会った友達とカラオケに行ってきました。

カラオケ、昔はピコピコ8bitの安い音源を聴くのが苦痛で仕方なかったのですが、最近行ってみると、めちゃくちゃ生音のような楽器演奏がバックで流れていて感心します。

 

楽器の音を聴きだしたのがいつだったかはよく覚えていませんが、「ウォークマン」を買ってもらったことが大きな影響を与えていると考えています。

www.sony.jp

このNW-S716Fですね。ブラックの素体にクリアブラックのカバーをつけていたことを覚えています。ちなみに、これが発売される一年前は「MDプレイヤー」が主流の商品だったので、当時としては最先端(ただしiPodは無視する)の音楽再生機器でした。

 

何がやばいって標準でめちゃくちゃ機能のいいイヤホンがついてるんですよね。音質は低音が良く響き、周囲の雑音を消す「ノイズキャンセリング機能」が装備されている。ちょうどロックを聴き始めた中学生の自分にとって十分すぎるほどのイヤホンでした。

 

イヤホンの質が向上すると、これまで「聴こえなかった世界」が聴こえてきます。

例えばいつも見知ったドラマやアニメの主題歌を、改めていいイヤホンで聴いてみると、その曲の奥深さに気づけます。

普段はよく聴こえるトランペットやギターにばかり耳を傾けていたぼくが、要所要所でガツンと轟くベースラインのかっこよさや小気味よくキメてくれるドラムのリズムに惚れ惚れしだしました。

 

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ちょうどこのころから、ぼくは「歌声を一つの楽器として」聴くようになりました。

歌い人が放つ言葉それ自体の意味をとらえるよりも、その歌詞の語呂の良さや、声の特徴を楽しむことが増えました。

歌詞の意味を考えないわけではないんですが、「リズムと声の絡ませ方」だったり「バンドの中の声の居場所」だったりを先に考えてしまいます。 歌詞の意味を考えることを後回しにするようになりました。

つまり、最初に外面である「声の特徴、メロディの良さ」を聴いて、そこがいいと判断したら「その中身、曲が作られた意味」を、歌詞を通じて考えるようにしています。

 

この聴き方をすることで、歌詞の意味が分からない洋楽とか、メロディに直接感情が乗せられていない器楽曲とかをすんなり聴けるようになったのではないかと自分は考えています。

最初に中身を重点的に聴こうとすると肩がこっちゃいます。どこがかっちょいいかだけ聴いていれば、そのうちその曲が伝えようとしている意図がわかると考えながら聴いています。

 

ではでは