後藤を持ちながら

後藤を持ちながら

吹奏楽から仮面ライダーまで

伝染する言葉

こんにちは、トサカです。

 

ツイッターが好きでよく見ています。ふらりと立ち寄ってふらりと離れられる気楽さと、自分が日々に忙殺されていても、画面の向こう側ではいろんな人たちが何食わぬ顔で生活を続けていることを実感させてくれるところが好きです。

 

さて、このアプリでは話し言葉で意思疎通を図ります。つまり、他の人が使う言葉を無意識に多量に身体に浴びているのです。そしてここであびた言葉は、ぼくの身体に静かに、しかし確実に染みこんでいくのです。

例えば、「○○なことに気づいて震えてる」という話の締め方があります。なんてことのない日常の中に日々をすばらしく(もしくは恐ろしく)している「何か」に気づいてしまった!というときに使われます。日常のあれこれに関してきままにつぶやく「ツイッターらしい」表現ですね。

例えば、冒頭に話したいテーマを単語だけ書いておいて、その後すぐに自分の感想をつらつらとつなげていくというのもツイッターに顕著に見られます。このつぶやきはまさにそのメソッドに則って書きました。

140文字という限られたフォーマットの中では導入もろくすっぽできない!なら全部無しにしちゃおう!というアイデアのもと生まれた書き方ですね。

例えば、文末に()をつける書き方もありますね。ショックだったことをあえて文字にしたくないというときに多用されている気がします。

 

こんな感じで、「日々誰かが使っているせいで、こちらにも感染ってしまった」ような表現もあれば、「誰かの話が衝撃的すぎて、これまでの価値観が一気に崩れてしまった」ような表現もあります。友だちがなにやら立場が上の人から不条理なことをされたらしく(詳しくは知りません)、かなり怒っていたことをつぶやいていたのですが、そのときのつぶやきがかなり印象的でした。

 

曰く、「ここが米花町だったら事件が起きるレベルの怒りだわ」とそこにありました。

 

はじめにこのつぶやきを見たときは、(当人はいらいらしているにもかかわらず)げらげら笑ってしまいました。その人は普段あまりそういった例えを使った話をするイメージがなかったので、なおのことびっくりしました。

それ以降、自分が何かにたいして少しイラっと来た時には「その怒りで事件は起きるんか~?」と茶々を入れる自分が出てきました。少しうっとおしいけど、こうしたうっとおしさがとげのある自分の気持ちを柔らかくしてくれていると考えると、こういった茶々入れも大事かもしれません。

 

あまり頻繁につぶやいたりはしないけど、結構これはこれで楽しいです。

 

ではでは。